高知市、通称「酒の国土佐」。この街で、お酒でもなく、ましてや形式張った「茶道」でもなく、ただひたすらに中国の奥地に眠る“本物の雫”を追い求め、人生のすべてを差し出した方がいます。バンブー茶館の店主、西岡克己さんです。

「お茶をやり始めた頃は、周りから『お茶をやるんか?』『やめとけ、やめとけ』って随分言われましたよ」と笑う西岡さんの瞳は、20代の頃に香港で受けた衝撃から、四半世紀を過ぎた今もなお、乾くことを知りません。

これは、自らの血液を茶に置き換え、周囲の声を置き去りにして「好き」の極北まで突き進んだ、ひとりの『アホの茶呑み』の物語です。

西岡 克己(にしおか かつみ)/中国茶専門店「バンブー茶館」店主

1980年代前半、香港での衝撃的な出会いを機に中国茶の探求を開始。1990年代半ばから商売を始め、1999年に実店舗をオープンした。自ら中国・台湾の茶産地へ毎年足を運び、茶匠との信頼関係のもと「どの山の、どの斜面の、どの茶園か」まで特定した最高品質の茶葉のみを買い付ける。特にヴィンテージ茶の真贋を見極める確かな目と、水や淹れ方への徹底したこだわりは、全国の茶愛好家から絶大な信頼を寄せられている。著書に触発され、中国の伝統的な「常薬」としての茶の効能も体現し続けている。

バンブー茶館 :高知県高知市に位置する中国茶・台湾茶の専門店。現地直送の厳選された茶葉や茶器を取り扱い、オンラインショップを通じて全国へ「本物の中国茶文化」を発信している。

雷撃の香港、そして「アホの茶呑み」の覚醒

西岡さんの原点は、1980年代前半、返還前の香港にありました。まだ20代前半、何の気なしに訪れた旅先で、西岡さんはある光景に釘付けになります。それは、茶楼と呼ばれる場所で、一日中お茶を飲み、街や人々をただぼうっと眺め続けているおじいさんたちの姿でした。

幼少期から高知でお茶に親しみ、「アホの茶呑み」と揶揄されるほどのお茶好きではありました。しかし、香港で出会った「烏龍茶(半発酵茶)」は、西岡さんにとって未知の雷撃でした。立ち昇る暴力的なまでの香りと、喉を抜ける深い味わいに「これこそがお茶なんだ」とインスパイアされたのです。

当時、日本にはサントリーの缶入り烏龍茶さえ普及していない時代です。周囲に語り合える仲間などいるはずもありません。だが、西岡さんは止まりませんでした。誰に理解されずとも、その「香り」の正体を知りたいという衝動だけで、西岡さんは一人、中国茶という底なしの沼へ足を踏み入れたのです。

公安の目と、斜面への異常な執着

90年代以降、中国大陸の茶産地がようやく外国人に開放され始めると、西岡さんの行動は加速します。ビザを手に、広大な大陸の田舎を一人で巡る日々。当時はまだ規制が厳しく、お茶を飲みに来ただけなのに、いつの間にか公安らしき人にチェックされていたこともあったそう。

なぜ、そこまでして厳しい環境の奥地へ向かうのか。西岡さんにとって、お茶はもはや単なる飲料ではなく、「土地の記憶」そのものだからです。

西岡さんが語るその基準は、まさに常軌を逸した領域です。茶葉の香りを決めるのは「日照時間」と、何よりも「日照角度」なのだと言います。

毎年5月、西岡さんは新茶の香りを求めて現地へ飛びます。長年付き合いのある茶商(ちゃしょう)と共に山に上がり、炭火の加減ひとつで味が変わる「火入れ」の瞬間に立ち会います。最高の香りが立つ「その瞬間」を捕まえるためだけに、西岡さんは人生の膨大な時間を費やしているのです。

偽物9割の戦場で、「本物」を証明し続ける孤独

中国茶の世界は、眩いほどの魅力と背中合わせに、深い闇が広がっています。特にプーアル茶などのヴィンテージ品は、ワインのように高値で取引されますが、西岡さんに言わせれば「市場の9割は偽物」だと言います。

偽物を本物らしく見せるために、シールの仕様をわざと古めかしくしたり、偽の歴史を捏造したりする巧妙な手口が横行する世界。そんな中で、西岡さんはたった一人で「真実」を突きつめます。

西岡さんがこれほどまでに偽物を嫌うのは、それが単なる「商売の不正」だからではありません。丹精込めて茶を作った茶師への冒涜であり、何より、お茶という自然の産物が持つ「美しさ」を汚す行為だからです。1990年代に流行した日本のペットボトル烏龍茶に対しても、西岡さんは厳しい視線を向けます。

たとえ時代が効率と利便性を求めても、西岡さんは泥臭く、不器用なまでに「本物の雫」を守り抜く道を選んでいるのです。

水に狂い、空気を濾す「工夫」の極致

「西岡さんにとって、中国茶とは?」と問いかけると、西岡さんは少し照れたように笑い、「僕の血液の半分がお茶。そんな感じですね」と冗談めかして答えてくれました。

実際、西岡さんの朝はお茶から始まり、夜に酒を飲み始める直前までお茶を飲み続けます。驚くべきことに、この生活を始めてから病気らしい病気をせず、風邪をひきかけても決してひき切らないのだそうです。お茶は西岡さんにとって、免疫力を高める「常薬」なのです。

そんな西岡さんが今、最も心血を注いでいるのが「水」です。

西岡さんの理論は明快です。水は「流れていること」が最も重要であり、パックされた時点で命が淀むのだと言います。西岡さんは水道水から不純物を除き、空気をたっぷり含ませることで、中国の茶産地で飲んだあの「岩を穿つ水の味」を再現しようと試みています。

日本の茶道のような哲学的な作法はいりません。ただ、どうすればこの茶葉が持つ生命力を最大限に引き出せるのか。その一点だけを追求する「功夫茶(コンフーチャ)」の精神。

西岡さんは、高知の店舗という小さなラボラトリーで、今日も見えない空気と水、そして茶葉の対話を繰り返しています。

西岡克己という「器」

西岡克己さんの生き方は、世間一般の「成功法則」からは大きく逸脱しています。

高知という土地で、日本人が馴染みの薄い中国茶を、それも「斜面の角度」まで気にするような異常な熱量で提供し続けるという狂気。それでも西岡さんは、自分が「好き」だという感覚を、一度も裏切りませんでした。

なぜ厳しい山奥の茶園にまで行くのか。なぜ一銭の得にもならない水の濾過にそこまでこだわるのか。その問いに対する答えは、理屈ではありません。ただ「好きだから、やめられなかった」。その積み重ねの結果として、西岡さんは今の場所に立っています。

西岡さんが理想とする最高級の茶葉が育つ場所は、武夷山などに代表される、岩が露出した「カルスト地形」です。礫質の地面に根を張り、岩肌を濾過して流れるミネラル豊富な霧や水を吸い上げた茶葉は、まさに「岩の雫」が生んだ生命の結晶といえます。

西岡さんが高知で水を濾し、最高の一杯を追求する姿は、そんな峻厳な自然が生み出す「本物」への敬意そのものなのかもしれません。西岡さんの淹れる一杯の茶には、四半世紀にわたる執念と、中国の大地が持つエネルギー、そして「好きなことをやり抜く」という静かな覚悟が凝縮されています。

バンブー茶館の扉を開けば、そこにはかつて「アホの茶呑み」と呼ばれ 、今は一筋の道を究めた男が、無味無臭の完璧な湯を沸かす姿。立ち昇る香りの向こう側には、彼が周囲の声を置き去りにし、突き進んだ先に見えた壮観が広がっています。

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