かい‐ぶつ〔クワイ‐〕【怪物】

正体のわからない、不気味な生き物

性質・行動・力量などが人並外れた人物。「政界の怪物」

出典:コトバンク

ぼくたちSquadは「カイブツ」と呼ばれる人たちを応援している。「カイブツ」と呼ぶのは、周囲の目や常識を飛び越え、ただ純粋に「好き」や「夢中」を突き詰めている人たちだ。

一方、冒頭に記載したのは辞書に掲載されている「怪物」の意味。なるほど納得だ。

「好き」や「夢中」を突き詰めていくと「性質・行動・力量などが人並外れた人物」に、いつの間にかなっていることが多い気がする。一方でその過程においては「正体のわからない、不気味な生き物」だと認識されることも多いように感じる。

どうしてそんな感じるのだろうか?

考えてみるとぼくたちの生きている社会は、ものすごくたくさんの人間で構成されている。
だから、出来るだけ多くの人数を同じルールで管理していかないと成り立たない。
そんなふわっとした空気感と、厳密に見えるルールが社会を作っている。
つまり「正体不明」は周りから不気味がられる。不確定要素になるし、ルールから外れているように「見える」から。同様に突き抜けた人物、並外れた人物も周りから恐れられる。けど、社会には必要だと認識される。場合によっては尊敬や羨望を集めることもある。つまり、本人は何も変わってなくて、周囲の見る目だけが変わるのだ。

では、見る目はどうして変わるのだろうか?
それは何かしらの成果を出して、評価されるからなんじゃないだろうか。

逆に言えば「成果を出さず、評価されていないから」不気味がられるとも言えるのではないだろうか。多分そうだ。そう考えると、人は目の前の相手を「その人が出してきた成果」で測っているということだ。

それってどうなんだろうか。

いわゆる「普通」や「一般的」と呼ばれる評価基準はまさに「その人が出してきた成果」をベースにしているような気がする。学歴や成績、キャリアや実績、資格なんかで測られる要素だ。もちろんそれが悪いわけじゃないし、わかりやすいことも理解できる。でも、それでいいんだっけ?が頭をよぎる。

「好き」や「夢中」を突き詰めていく過程において、社会的に評価を得られないことって沢山ある。
大谷選手がやっていたスポーツが「野球」だったからキャリアも描きやすかっただろうし、社会的評価も得られやすかったとも言える。もしこれが「ロックバンド」だったらどうだったのだろうか?周囲の大人は反対せず、応援し続けられたのだろうか?ちゃんと社会的に評価できたのだろうか?答えは多分「No」だろう。

でも今はそれすらも「Yes」と言いやすい世の中になってきている気がする。

周りの大人が否定しても、インターネット上で自分の思いや作品を発信することができる。本気で楽しんでたら、いつの間にか仲間ができる。顔も見たことない他人が、純粋に応援してくれることも多い。

だから、ぼくが言いたいことは2つ。

今やりたいことで躊躇している全てのひとへ

今すぐやろう。

今やりたいことをやっているけど、まだ成果が見えない人へ

もっとたくさんの人に見てもらう方法を考えて、
どんどん前に進もう

周りからの見え方は、結果が出たら勝手に変わる。
だから、存分にやりたいことを楽しんでいくことをお勧めしたい。

最後に少しだけ、自分の話をさせてほしい。

僕は今小さな会社を経営している。プロモーションとクリエイティブを中心としたクリエイターだ。

でも、今年の3月から、今更やりたいことをやっている。
VJという、イベントなどで映像演出をするものだ。

仕事だけやってたらもっと稼げるかもしれない。けどやりたいからやっている。
今年44歳になるけど、今更TikTokも始めた。

初めて3ヶ月。毎日投稿をずっと続けている。

2年後に海外のイベントでVJとして呼ばれることを目標に設定している。

もちろん結果はまだ出ていない。

けど、2,000人以上の方にフォローしていただけたり、
国内のイベントにサポートで呼ばれたりするようになってきた。

そして、毎日がとても楽しい。

「好き」や「夢中」を突き詰めていくのって、しんどいことじゃない。

やりたいことがある人は、どんどん楽しんでいいじゃないかな。

 新カイブツ情報が届く!
LINE登録はこちらから
 新カイブツ情報が届く!
LINE登録はこちら